RUMIKO1’s blog

お気楽☆透析のある日常

退院後は通院透析の日々

透析には一日おき、雨が降っても雪でも嵐でも必ず通う

「また太い針2本を刺されて4時間…」と思いそうになった瞬間

「身体にたまった毒素と余分な水分が抜けて、血液が綺麗になってスッキリする」ということを思い出す

どちらも事実

だったら気分良いほうにフォーカスを持っていくように、そちらを見るようにしている

 

透析で週に3回も自由に動けない、と思うか

透析が必要な身体でも週に4回は自由に過ごせる、と思うか

どちらを選択して生きていくのかも本人次第

 

幸せでいられるかどうかって自分がどこを向いているか、のような気がする

自身の明るい未来に向いていることが最も幸せに生きられる方法だと思い、試しにやってみているところ

無理やりポジティブ思考に持っていくのではなくてね(アレは個人的には、気持ち悪くて痛々しく思える)

 

家にいるといろいろ気になり、以前と同じように動こうとするけれど身体がついてこなくて、その度、まだ退院して間もない自宅療養中だった、と思い出す

 

寝たきりの初期は混乱があり「これは夢だ。目覚めたらいつものように起き上がって動ける。」と本気で何度も思ったし、寝起きに身体に繋がれている数々の管を外そうとしたこともあった

スマホは重たい鉄のかたまりにしか思えず、打つどころか、見ることも持ち上げることすらまともにできなかった

再びスマホを扱えるようになり、夢ではなく立って歩けるようになってよかった

 

入院期間を経て、いつのまにか夫は毎日のお弁当作りの腕を上げ、子供達と自分の3人分、早朝から楽しげに用意している

美味しそう…尊敬する

f:id:RUMIKO1:20190225101623j:image

 

子供達は、食べた食器をキッチンまで運ぶようになった

(以前はいくら言ってもやらなかったのに)

 

リハビリを兼ねて夫とスーパーへ買い物に行き、ここ数ヶ月やりたくてしかたなかった[自分で歩いて商品を見て選んでカートに入れる]という動作ができて、嬉しくてたまらない

かつてあたりまえだったことが新鮮で楽しい

荷物は夫が運んでくれ、ドアまで開けてくれるのがさらに嬉しく気分いい

 

まだ身体が動ききらず、すぐにつかれるので家事は休み休みしかできないけれど、少しずつでもやれることが嬉しい

 

かつて、家の用事は義務としか思えなかったし嫌々やっている自分も気に入らなかった

私がいてもいなくても、部屋が多少汚なくても、食事の栄養が偏りがちだったとしても、それなりに家族が生活できている状況がいいな〜と思い、そう仕向けていた

 

入院期間中の夫の全面的なフォローは素晴らしく、おかげで大変だった数ヶ月を乗りきることができた

その際、大きく困ることがなかったのは、普段から直前の家族への報告のみで、ときどき私が単身で旅に出たりしていたことが結果的にはいい練習になってよかったではないかと、勝手に都合よく解釈している

 

ときおり家を空けていた当時、私の気持ちはいつも外に向いていた

家の事もいつかはやりたいと考えていたし、できることなら、その気になって楽しんでできるようになりたかった

 

今、願いは叶い、思いは成就している‼︎

 

半年以上の入院生活も、顕在意識では決してそんなことしたくなかったけれど、大きくとらえれば私が自分で望んだことなのか?宇宙に願いが届いた?

だとしたら、叶って有り難いけれど、目的のために手段は選ばないな〜容赦ないな〜、って感じ

 

二度と同じやり方はしないけど…

よくやった私

 

—————————

今日のメッセージ

Ecstasy【恍惚、歓喜、独占】

「かつて放った願いは成就している」

今、味わいうる全ての感情は成就

f:id:RUMIKO1:20190226213028j:image